バルサムと言うと端的には松脂の事を指しますが、モミやコパイフェラ(マメ科)から採れる樹液もバルサムと呼ばれるので、もうちょい正確に言うと揮発性油を含む高粘度樹液の総称といったところでしょうか。
透明度・粘度が高く塗料に添加する事で強い光沢と可塑性を与えることができ、油彩メディウムの添加物として、またヴァイオリンのニスや木工ニスとしても古くから利用されてきました。
近代では合成樹脂が登場するまで光学レンズやプレパラートの接着剤としても使われてきましたのでそちら方面の方々にも耳慣れたものかと思います。
油彩に必須の揮発性溶剤であるターペンタイン(テレピン,テレビン)は、このバルサムを蒸留して得られます。
一方、蒸留で残った固形物はロジン(コロホニウム)となり、ヴァイオリンの弓に塗ったり、野球のロジンバッグの様にすべり止めとしても利用されます。
日本では画用のバルサムと言うと「ベネチアテレピンバルサム(ベネシャンターペンタイン)」一択ですが、絵画史的に、或いは現代でも海外市場を見渡しますと「ストラスブルグターペンタイン」「カナダバルサム」「コパイババルサム」「トルーバルサム」などさまざまなバルサムが存在します。
ややこしいのはベネシャンターペンタインやストラスブルグターペンタインなどのように「○○ターペンタイン(テレピン)」と呼ばれるバルサムがあり、これらは揮発性油のターペンタインと混同しないようにしなければなりません。
一方アロマ市場では逆にバルサムから蒸留で得られた精油(揮発性油)の方に「○○バルサム」と名付けられたものが流通しており、これを高粘度の樹液と間違えない様注意が必要です。
ところで画用のバルサムはドロリとした「いかにもマツヤニ」というような水飴状のものが多いのですが、これには揮発性油が添加されているようだという事に以前動画で触れました。 (下記動画12:00くらいの箇所)
調べてみると上記動画でも取り上げたマイメリ社などは“Venetian turpentine (91%); White spirit”と書いており、つまり9%のホワイトスピリット(ペトロール)が添加されているという事でしょうか。
それにしてもたった9%にしてはマイメリのバルサムは流動性が高いので、もともとの松脂に含まれる揮発成分が多いのか、或いはターペンタインよりペトロールを足した方が流動性が高いのか。
ホルベインの『絵具材料ハンドブック』にある「ベネチアテレビンバルサム」の項には“組成 樹脂分(ロジン)80%, テレビン油20%”とありますが、併記されたバルサム製品の分析表をみるとメーカーによって相当なバラツキがあります。
最も揮発分が多いのはルフラン社製のもので70%(現在販売されてません)、反対に最も揮発分の少ないものはセヌリエ社製のもので10%。
さすがにここまで差があるとメディウム調合時には看過できまいという感じですね。
同書には“原料そのままでないものが多い”と書かれていますが、逆に原料そのままである製品が存在するのか…。
ドイツKremer社は多種のバルサムを扱っていますが、同社のベネシャンターペンタインは“mixture of larch turpentine and colophony – 唐松のターペンタインとコロホニウム(ロジン)の混合”とハッキリ書かれております。
一方「北方チロルの唐松ターペンタイン」は値段が倍ほど高く、恐らく原料に近いものじゃないかと思うのですがデータシートを見ると“This produkt is a mixture”の文字列が。
精製段階で投入された溶剤などが残留する場合もあるでしょうし、こういったデータシートの見方はよく分かりません。
またNatural Pigmentsのサイトには下記の様に書かれています。
The product sold under the name of Venice turpentine (especially in tack shops) is often a factitious product, consisting entirely of gum rosin (colophony) and turpentine.
ベニスターペンタイン(特にタックショップ)の商品名で販売されている製品は、多くの場合、ガムロジン(コロホニー)とターペンタインのみからなる人為的な製品です。
その他海外の掲示板などでも安価なベネシャンターペンタインはロジンとターペンタインの混合であると散見されます。
たしかに、「まぜもの」である事が明記された品は100gあたり10ドル程度と安価です。
ここで松脂の採取から工場での加工までを記録した大変興味深い動画をYoutubeで見つけましたので紹介させて頂きます。(音注意)
現代の工業向けに大量採取される松脂はゴミは多いし白濁してるし一部固まってるしでとてもそのまま利用できるようなものではなさそう。
こういうのを見ると、やはり現在では大掛かりな装置を使ってキレイに分離精製されたターペンタインとロジンを、一部のバルサム需要の為にまた混ぜてドロドロにもどしているだけなんじゃないかという気がしてきます。
となると、別に自分でロジンとターペンタインを混ぜて作っても同じことですよね。
という事で、ここからやっと本題に入ります。
下の画像は通販で購入したロジンです。
撮影の為に大きいかけらを選んで水洗いしましたが、通常はダンマルやコーパルと同様、粉まみれです。
そしていきなりの完成図が次の画像。
途中の工程画像が無くて申し訳ありません。
かなり濃い色のものになりましたが、ロジンを販売しているショップを見ると色によってグレード分けされていたりもするので、素材を選べばより淡白なものも作れるでしょう。
分量比はラベルの通りですが、一部のメーカーが公表している成分比から溶剤10%程度というイメージでいたので、ロジン30gに対して3gのターペンタイン(これだと11%になりますが)を加えるもののまるで溶かせる量ではありませんでした。
ロジンは70~80℃ほどで溶け出すので、加熱しながらさらに5gのターペンタインを追加投入し、どうにかドロドロになったかなという感じ。
加熱で気化した揮発油は最終的に18%くらいになったでしょうか。
あたたかいうちはちょうどよいとろみ加減でしたが、冷めると画用バルサムとしてはかなり使いにくそうな、非常に固いものになりました。割り箸にくっつけて売られていた水飴みたいな固さ。
容器を逆さにしても全く垂れません。
ねちねち捏ねると空気を含んで金色になります。飴細工のようです。
注意点としては加熱しながらターペンタインを滴下すると触れた部分が冷え固まるせいか変な膜状の固形物が生成されるので、あらかじめ両者をなじませたものを加熱溶解させた方が良いと思います。
今回作ったこの還元バルサムはその膜みたいなものが大量に含まれてしまいました。
このような還元バルサムが画用に推奨できるか全くわかりませんが、もしかすると市販のバルサムはこうやって作られてるかも知れないなんて絵描きが言及する事は無い気がしますし、レシピを記した技法書も記憶にありません。
各メーカーがどのようにして作っているのかキチンと知りたいところですが、ダンマルをターペンタインに溶かして溶液を作るようにロジンにターペンタインを足して粘性樹脂に戻す事は一理あるようにも見えます。
ただし日本で手に入るロジンは中国の松がほとんどかも知れませんので、こだわるならやはりヨーロッパから取り寄せたロジンを使う事になるでしょうか。
産地の異なるロジンに好みの溶剤を足して自分好みのバルサムを用意するというのもなかなかいいかも知れませんね。
気になるのは耐久性その他の性能ですが、ストレートなバルサム類と比較してどうかというのはNatural Pigmentsにも海外の掲示板にも「未検証。わからない」とあるのみです。
いずれにせよ古典絵画に使われたバルサムとは別物であるという事は頭に置いておくべきでしょう。
さて、ここからはオマケですが、先述の動画に加え松川さんの疑問でもありました「いかにして松脂を採取しているのか」が“解りそうな”動画をYoutubeで探してリストにしましたんでご参考までに。
松は樹皮表面に出て固まっているものや、傷を入れて取る様子を撮ったものが多いですが、モミ(fir)は樹皮に出来たコブみたいなものを潰して中から出て来るバルサムを撮影しているものがよく見られます。
仕様上チャンネル登録ボタンが付いちゃいますが無視してください<(_ _)>