油彩画の額装時、多くは描画面の一部が額縁と接触する構造になっている為、作品と額縁とがくっついてしまい取り外しの際に絵具の層が剥離する事故が多発します。
描画面がザラザラした木地と触れる分にはまだいいのですが、特に安価な額縁のライナーにはプラスチックが使われている事もあり、アクリルニスを塗布した油彩画は容易に癒着してしまい危険度が増します。
その事を経験的に知っている絵描きは各々独自に対策している事もあるのですが、未だそれらが額装の基本として語られる事は無く、また癒着防止のしくみが新たに開発されたり、そのための部品が画材として販売されるという話もちょっと聞き及びません。
ここでは、木枠やパネルなどある程度の厚みを持つ木製の支持体が使われた作品に限られますが、当方で採用している癒着防止策についてご紹介してまいります。
当方が到達した対策法は、小さく切った額装用マットボードをキャンバス側面へ取り付けるもので、描画面より手前、額縁との接触面に飛び出させる事で描画面と額縁が触れないようにするという単純な原理によるものです。
同じ理屈による対処の仕方は額縁屋や複数の作家から聞き及んでますが、下記の理由から当方はマットボードの使用に行き着きました。
- 中性またはアルカリ性であり長期を経てもキャンバスに悪さはしないと思われる
- キャンバスを支えるには充分に硬く、金属よりはクッション性を持つ
- 輸送の振動により額縁側に損傷を与えず、摩耗によるチリの発生も無い
- 木片のように木目に沿って割れる事が無い
- プラスチックのように経年でボロボロにならない
さて、このマットボードを使ったスペーサーを取り付けるにあたり、まずは適当な厚みを持つ2枚の紙や板を少しずらして貼り合わせ、スペーサーが描画面からはみ出す長さを測るスケールを作ります。
1mm厚の厚紙で作ればスペーサーは描画面から1mm頭を出し、つまり描画面と額縁との間に1mmの空間が出来る事になります。2mm厚の厚紙で作れば2mmの空間ができます。
材料は板状のものであれば何でもいいのですが、アクリル板は避けたいところ。マットボードでも良いし、ホームセンターで工作用の薄い木の板を買ってきてもよいでしょう。
次にマットボードを小さな短冊状に切ります。これがスペーサー本体となります。
明るい色だと額縁正面にできる隙間から目立つ事もあるので、暗い色のマットボードが良いです。
厚みは1.5mm程度が良いかと思いますが、厚すぎると切るのに難儀しますしキャンバスが額縁に収まらくなっても困るので、額縁の“あそび”に応じて数種の厚みを用意するのが理想です。
短冊の短辺は支持体の厚みと同じくらいにします。
長辺は適当ですが、二箇所をステープルで固定する事を想定すると5~6cm程度、一箇所留めなら3cmもあれば良いでしょう。
スケールを作品表面に置き、スペーサーをキャンバスの横面にあてて位置決めをします。
このような使い方をするので作品表面は当然乾いている必要があります。キズの心配をする方は、作品にあたる部分に剥離紙(※)を糊付けするなどして下さい。
※シリコンコーティングされたツルツルの紙。両面テープのはがして捨てる方やシールの台紙
スペーサーがズレないように指でしっかり押さえながらステープルで固定します。
この際、スペーサーに隠れてしまう、キャンバスを張ったステープルやタックスと干渉しないように打ち込む必要があります。
また描画面や裏面にステープルが飛び出さないよう、打ち込む位置は慎重に決めねばなりません。
ネジや釘で固定しても良いのですが、ネジはグリグリやる間に紙やキャンバス、木くずが生じるでしょうし、釘だと何度も打ち込む衝撃を与えるし打ち損じると怖いし片手ではできないのでステープルが一番良いかと思います。
取り付けを終えるとこんな感じ。
反対側から見ると、スケールの厚みの分だけ描画面から前面に飛び出した状態で取り付けられています。
絵具を盛り上げて描く場合はより突出部分を多くする必要がありますが、画面端に絵具の盛り上がりがある場合は今回のようなスケールは役に立たないでしょう。
スペーサーの取り付け位置や個数は作品の大きさにもよります。
下記は727×455mmと少し大ぶりの作品ですが、6箇所に取り付けています。
スペーサーを取り付けたキャンバスを額縁に入れます。
油採用額縁の作品を納めるスペースには上下左右5mmずつくらいの“あそび”が儲けられていますが、スペーサーのおかげで輸送時のガタツキも抑制されます。
いくら梱包を厳重にしたところで、額縁と作品がガタガタ延々とぶつかり続けて良いはずはありません。癒着防止と同時に作品の制振が出来れば理想です。
よりよい方法や問題点の指摘などございましたら、お気軽にお寄せ頂きたいと思います。