油彩画の癒着トラブル対策

しばらく美術の窓に寄稿した記事の内容を補完する記事を投稿していきます。

寄稿についてのお話はこちら

一度にまとめようとしましたが長文過ぎるのでテーマごとに小出しにします。
後に参照する際もその方が便利なので。

最初は油彩画の描画面とアクリル板との癒着トラブル、そして油彩画と額縁の癒着トラブルへの対応策について、記事の補完と追加の対処法を挙げていきます。

アクリル板の癒着問題

まずはお悩み解決のコーナーで私が担当した2ページの内容への補完ネタから参ります。
アクリル板と油彩画の癒着については以前も記事にしましたのでご一読ください。

「美術の窓」2022年7月号の次号予告のページに大々的に使われた画像。
このページにはなんの説明も無いし私の作品である事すら書かれてないので多くの方にとっては意味不明だったかも知れませんが、こちらアクリル板がくっついて塗膜が根こそぎ引っ剥がされた私の作品です。

美術の窓 予告

アクリル板は温度変化で伸縮すると以前の記事でも述べていたと思いますが、一体どの程度の温度差でどの程度伸び縮みするのか、改めて見てゆきます。

まず油彩額縁の構造は概ね下図のようになります。下が表側、上が裏側です。
アクリル板は額縁本体の「かかり」と呼ばれるいわば受け部分に敷かれ、裏側からライナー(或いはマット)で押さえられる形で額縁内に収まっています。

額縁の構造

地元の額縁屋で使われているアクリル板はアクリサンデーでした。この製品の線膨張係数を調べると7×10 ^-5とあります。これは1℃あたり0.7mm/mの伸縮があり、つまり40℃の温度差では2.8mm/m伸び縮みすると計算できます。

その程度かって感じですが額縁の“かかり”との関係を見てみますと、かかりの幅はせいぜい8mm程度。ラーソンジュールのカタログを見ても最大のもので10mmです。多少アソビを持たせる為に例えば上下左右2mmずつ小さめにカットしたアクリル板を8mmのかかりを持つ額縁にはめたとします。そうすると、実際「かかって」いる幅は上下左右6mmずつ…ではなく、上下方向に関しては重力が働くためアクリル板は下に落ち、上側には4mmしかかかっていない事になります。仮にこのアクリル板がちょうど1mだとして、ここから気温差による縮みが最大値の2.8mm発生したとすると、上側のかかりには1.2mmしかひっかかっていない状況が発生してしまいます。
ちなみに100号の長辺は1620mmなので40℃の温度差によりおよそ4.5mm以上伸縮し、先述の条件で額縁を縦に使用するとアウトです。
まあ実際には真夏の炎天下でアクリル板をカットするとかでないと真冬の屋外でも2.8mm/mは縮まないでしょうし、額縁自体も寸法変化が起きるはずなのでこの計算通りでは無いはずですが。

気温低下による縮みとは逆に、気温が40℃上がった場合はどうでしょうか。
上記の条件では2.8mmの伸びはアソビに吸収されてアクリル板が額縁内でつっかえる事は無さそうです。ただ収縮した時の事を考慮しアソビを極力抑えギリギリの寸法のアクリル板をはめた場合、今度は伸びてつっかえる事が起きそうです。
作品の寸法が大きくなるほど額縁の内寸に対してアクリル板の寸法をどう決めるのか、季節によってはなかなかシビアである事がわかります。

 

ここまでの話は額縁のかかりとアクリル板との関係なのですが、絵画表面に対してはライナーとの関係を見る必要があります。
通常は額縁のかかりよりもライナーの方がアクリル板に接触している幅が広く、また布マット仕様(英語圏ではLinen linerと呼ばれる)の場合は形状にもよりますがアクリル板と絵画表面との間隔が広くなるので絵画側へアクリル板が脱落する事もアクリル板のたわみによる絵画表面への接触も簡単には起きないと思われます。
だた、マットの幅も高さもピンキリであり簡単に計算の結果がどうこうとは示す事ができません。

額縁とアクリル板の関係

伸びによる変形に加え、もともとアクリル板は自重でたわんでしまうという事も考慮しないといけません。普通に考えると仰向けに寝かせた状態が一番危ないのですが、壁に立てかけるように保管した状態なども危険でしょう。
たわみについても大きな寸法になるほど危険は増します。アクリル板と油彩画表面との距離が離れているほど良いはずですが、アクリル板と油彩画の癒着は私が数例に渡り目撃している程なので普通の額装でも起こりうると思ってよいと思います。

私は常日頃、反射で鑑賞を阻害する問題と通気・カビの問題を見てもアクリル板なんぞ外した方が良いという態度なので、記事中でも単純に外せと言っています。

アクリル板を取り外す事が出来る事を知らない人も結構いそうなので手順を示したかったのですが、誌面では画像1カットのみの掲載となりました。
以下にボツとなった画像を提示します。

額縁を裏返してトンボ(止め金具)を回し、裏蓋を取り外す
作品が入っている場合は作品を取り出す
多くの額装ではライナーが入っているので、ライナーを取り出す
表側から指で押し出す、或いは額縁を傾けてアクリル板を取り出す

 

 

 

 

 

油彩画と額縁(或いはライナー)の癒着対策

・スペーサーの利用

額縁と油彩画の癒着問題について解決策として美術の窓誌に寄せたものは以前当ブログでも紹介したスペーサーの使用でした。

私が「スペーサー」と呼んでいるこのパーツですが、edge-stripと称された同様のものを下記のサイトで発見しました。カナダ保存協会なる機関による保存修復に関する資料のようです。

エッジストリップの説明

ただ「しかし、現在では多くの場合、rabbetに沿ってpaddingすることが好ましいとされています」とあります。
rabbetは額縁・ライナーの“かかり”部分を指し、ここに恐らく何か“貼り付ける”のだろうと思います。
edge-stripや私のスペーサーは支持体の一部に穴を開ける言わば破壊行為となるのであくまで修復の手法としてはふさわしくないといったところでしょう。
またスペーサーで設けた隙間の分作品本体が額縁裏側方向に後退する事にもなるので、日本式ですと場合によっては裏蓋が閉まらなくなったり、海外式でも額縁と作品の固定金具の取替えが必要になったりする可能性もあります。

 

同ページのrabbetの項を見ると下記のようにあります。

rabbetの説明

言葉の意味がよくわからないのですが、図を見る限り先述の解釈で良さそうです。
“padding”するためのテープ状の製品はポリエチレンフォーム製のものとフェルト製のものが見つかりましたが、これらに癒着防止の効果があるのかは不明。

 

・シリコン紙の利用

記事ではボツとなった癒着防止策の一つ、シリコン紙を用いる手法は方々でたびたび紹介していたつもりでしたがブログに載せてなかったようなので改めて。
細く切った片面シリコン紙(ホルベイン:クッツカーネ)を糊で額縁の“かかり”に貼ります。
画像の額縁はライナーが無い仕様です。

シリコン紙をライナーに貼る
細く切るのも糊を塗るのも手間がかかって面倒なのですが、さらに“かかり”には塗料がはみ出し凹凸が出来ている場合もあるのでその場合は事前にヤスリがけして均しておく必要があります。

過去にはテフロンテープを貼っていた時期もありますが、粘着剤の経年劣化が起きると剥がすのが厄介かと思い、上記の手法へと移行しました。

 

・ロウの利用

もう一つはロウを額縁やライナーのかかりに塗る方法です。
下図はカルナバロウを溶かしてリップスティック容器に入れ固めたものを塗りつけている様子です。
こちらもライナーが無い仕様の額縁です。

ロウをライナーに塗る
額縁屋に最適だと教わった蝋があったのですが名前を忘れました。
後の調べで「イボタロウ」ではなかったかと思うのですが、100gで3,000円する高級品で手が出せずにいます。
安価で扱いやすい「蜜蝋」は融点が低く、夏場に柔らかくなって逆にくっつきはしないかという懸念があります。
そこで比較的手に入れやすく融点もイボタロウと変わらず80℃あたりという「カルナバロウ」を採用したという次第です。
このロウは艶出し剤として広く利用されていて、カーワックスや化粧品などにも使われるとのことです。
ただ大変硬く、塗り拡げるのには難儀します。
棒状に固めたものだと接点が小さく、またどこが接しているかもよくわからないので布に溶かし込んで使用するのが良いのかも知れません。

 

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