銅板支持体の下処理 ~Technical Bulletin Vol.20より

ナショナルギャラリーの「テクニカルブリテン」Vol.20に銅板油彩画に関する記述があるとの情報を得ましたので、いつものごとくgoogle翻訳にお世話になりながら見ていきます。

「テクニカルブリテン」は、ナショナルギャラリーによる絵画材料や技法の研究、また科学的調査資料などがまとめられた定期刊行本。
この膨大な資料が日本語化されて私のように無学な日本人画家が読めるようになればどれだけ知見が広がる事かと思うものですが、数年前からPDF版が無料でダウンロードできるようになったのは鼻血がでるほどありがたい事です。
下記より全36巻(2017年現在)がダウンロードできます。

書籍ですと翻訳も大変ですが、パソコンで扱えるテキストデータならコピー&ペーストでgoogle翻訳などにかけられますし、ブログに引用したりと相当はかどります。
どうやらVol.22まではPDFにテキストの埋め込みがなされておらず文字検索も文章のコピーペーストもできませんが、ワードなどで開けるRTF(リッチテキストフォーマット)ファイルも用意されている様ですのでこちらをダウンロードしましょう。
(Vol.33以降、RTFファイルの配布は廃止されているようですが、Vol.23以降はPDF内にテキスト埋め込みされていますので特に問題はないでしょう)

▼各巻のページよりPDFファイル横の「Read Abstract」をクリック

▼PDFファイルの下、文末に(text-only RTF …)とあるものがRTFファイルへのリンクです。右クリックメニューから「対象をファイルに保存」「名前をつけてリンク先を保存」などで保存しましょう。
RTFは画像データを含まずテキストのみの内容ですが、文字列検索も可能ですしコピペが可能なので翻訳作業も楽にできます。

 

さて、期待しつつ確認したVol.20ですが、結果から申しますと銅板支持体に関する資料はごくわずかでした。

Copper panels
Although neither Rubens nor Van Dyck seem particularly for painting (only four paintings by Rubens on copper are known, for example), copper panels were quite widely used in the seventeenth century, partidularly in Italy and inthe Netherlands generally.

銅パネル
ルーベンスもヴァン・ダイクも絵画のようには思えませんが(銅のルーベンスによる絵画は4つしか知られていませんが)、銅パネルは17世紀にはイタリア、一般的にオランダではかなり広く使われていました。

In a letter referring, with great sadness, to the death of his friend the German painter Adam Elsheimer, Rubens commented that Elsheimer’s widow should send a painting of “The Flight into Egypt” on a copper panel to Antwerp for sale, as many people there were interested in small works.

ルーベンスは、友人のドイツ人画家、アダム・エルツハイマーの死を悼む手紙の中で、エルツハイマーの未亡人が、銅パネルの「エジプトへの飛行」の絵をアントワープに売却する必要があるとコメントした 小さな作品に興味があった。

Technical Bulletin Volume 20 – The Painter’s Trade in the Seventeenth Century: Theory and Practice – by Jo Kirby P.26-27より

 

翻訳はgoogleの機械翻訳そのまま載せていますので脳内で補完して読んでいただきたいのですが、前半は特に変わったことは言ってません。
注目すべきは以下で、具体的な処方に触れられています。

 

It is thought that the development of etching and engraving during the sixteenth century may have contributed to the use of copper plates as supports for painting, particularly as many painters also produced intaglio prints…. The use of plates previously used for etching or engraving seems to be fairly uncommon, however. Copper plates were occasionally coated with another metal (tin or zinc). In order that the paint should adhere to the smooth metal surface, it was necessary to prepare the plate before use. Recommended treatments included abrasion, and rubbing the plate with garlic, which is sticky when first applied; the garlic acts as a wetting agent, preventing surface tension effects between smooth shiny metal and oil paint interfering with the application of paint and formation of the film. Another treatment was to wipe the plate over with linseed oil. A thin oil-based ground, usually containing lead white mixed with other pigments, was then generally applied.

16世紀のエッチングと彫刻の発展は、特に多くの画家が凹版プリントを生産するように、銅版を絵画の支持体として使用するのに貢献したと考えられています。 しかし、以前はエッチングや彫刻に使用されていたプレートの使用はかなり珍しいようです。 銅板は時には別の金属(スズまたは亜鉛)で被覆されていた。 塗料が平滑な金属表面に付着するためには、 使用前にプレートを準備する。 推奨される治療には、擦り傷が含まれていて、最初に塗布したとき粘着性があるニンニクでプレートを擦った。 ニンニクは湿潤剤として作用し、滑らかな光沢のある金属と油性塗料との間の表面張力の影響を防ぎ、塗料の塗布およびフィルムの形成を妨げる。 別の処理は、アマニ油でプレートを拭くことでした。 通常、他の顔料と混合された鉛白を含有する薄い油性基材を一般に塗布した。

Technical Bulletin Volume 20 – The Painter’s Trade in the Seventeenth Century: Theory and Practice – by Jo Kirby P.27より

 

1999年発行のこの巻に書かれた内容はすでに森田恒之著「画材の博物誌」をはじめいくつかの日本語で読める資料においても確認できるもので新たな情報とはなり得ませんでしたが、再確認資料としてここに記しておきます。

まずは銅板表面に異種金属によるメッキがほどこされたものがあるというもの。
おそらく乾性油によって銅版表面に緑青を含む緑色の層ができる事は知られていて、これを抑制する為の処置だと思いますが、他と比べて保存性はどうなのか、絵具のノリや固着、描画に難は無かったのかなど知りたい情報については一切記述がありません。残念。
自分で試すしかありませんが、スズや亜鉛を溶かして塗布するんでしょうか。難易度・危険度ともに高いですね。

 

次の処方はよく語られるものですが、銅板表面にはまずスリキズをつけ、そこへニンニク汁を擦り付けるというもの。
たしかにニンニクの汁というのは乾くと抵抗感のあるラバー質な膜となり、絵具の固着を助ける、いわゆるサーフェイサー的な働きをしそうなモノです。
ガラス板に塗布した実験では、そのまま油絵具を乗せた部分よりニンニク汁を塗った部分の固着が強い感じでした。

ところが以前銅板で一度だけ試した私の実験ではなぜかうまくいかず、部分的に全く絵具が固着しない部分が出たのでその後封印。

▼ニンニクの上にシルバーホワイトを薄く塗布し、乾燥後布でぬぐったもの
しかしこのニンニク汁の処方は一度試したのみで、銅板を使っている海外作家には毎回この処方を採用しているらしい人もいますから何か私のやり方がダメだった可能性があります。
本当はもっと検証が必要ですけど面倒なのでやってません。

 

次に亜麻仁油で銅板を拭いておくという処方。これは最も単純でお手軽そうです。
どの程度の厚みが必要なのか、どのタイミングで描き始めるのかなど、具体的な事については一切触れられていませんが、金属に直接描くよりも油の層を一層設けておきその上に描く方が油絵具のノリ・固着が良いだろうという事と、銅板から発生する緑青を含む緑色の滲出をいくらか防ぐ絶縁層として塗布されたものかも知れません。
ただし乾性油と銅板の接触によってかなり短い間に油の層へ緑青がにじみ出る事は以前の記事でも検証したところです。

 

最後に、通常鉛白+αの地塗りが施されたとありますが、メッキの上にもニンニクの上にも亜麻仁油の上にも地塗りがされたものが多いという事でしょうか。
場合によっては銅板の色をインプリマトゥーラ(有色地塗り)の様に利用した場合もあったのではないか(つまりこの場合地塗りはしない)というのは森田氏も書かれていましたし可能性としては想像に難くないのですが、一度地塗りをしたほうが圧倒的に絵具のノリが良く描きやすいのは事実です。制作にとって有利なので多くは地塗りがなされたという意見には異論ありません。

 

この程度の内容ですと先程も紹介しました森田恒之著「画材の博物誌」の方が(わずか5ページ弱ではありますが)より詳しく参考になりそうです。
次はそちらにある下処理の処方についても触れていこうかと思います。

 

X VI MMXV
180x180mm
銅板に油彩

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“銅板支持体の下処理 ~Technical Bulletin Vol.20より” への2件のフィードバック

  1. ebayで「Oil on Copper」で検索すると、状態の良いものも多いけど、ひどく剥落したものや緑青のせいか凸凹になったものがけっこうあるので、安全な方法が確立していて誰もが知っていたというわけではなさそうですね。

    • いくつかの定番処方があったらしい事は確認できますが、当時画家の間で文章で伝えられたにしても「そこをちゃんと書いてもらわんと分からん」というような書き方も多くて結局読んだ各人のオリジナルな部分があったんだと思います。目の前で指導してもちゃんと違うようにやっちゃう人、いますよね。
      文献見てても一から十まで懇切丁寧に書かれたものは少ないですし、同じやり方してもいろんな要因で保ちは大きく左右されるでしょうから数百年の保存の結果から最適な処方をたどるというのも、まあ相当な話ですね。

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