銅板支持体の下処理 ~「画材の博物誌」「絵画材料辞典」より

森田恒之著「画材の博物誌」に書かれた銅板支持体に関する記述は5ページにとどまりますが、日本語で読める貴重な資料の一つです。
また同氏が翻訳されているR.J.ゲッテンス G.L.スタウト著「絵画材料辞典」にある銅板支持体に関する内容は部分的にほぼ同一なので平行して見ていきたいと思います。

前回、テクニカルブリテンでは乾性油(亜麻仁油)で拭いておくという処方が紹介されていましたが、森田氏の場合は「ニス」による下処理がなされたと解釈されている様です。

 

1715-24年にマドリッドで出版されたA・パロミーノ A. Palomino de Castroy Velasco の『El Museo pictorico y escala optica 絵画知識』の第二巻に次のような記載がある。

「銅板の利用がかなり流行しているようであるが、これは板に描くときと全く同様の油引きをしてから用いる。銅板は最初、ニンニクで全体をよく拭きこんでおく。さもないと傷その他の刻線や凹みのある個所に下地がつかなくなることがある。油性の下地は全体に平らに塗り、仕上がりが平滑になるようにする。」

油性下地の作り方であるが、これは一種のニスの類と考えたほうがよい。十七世紀前半から中頃にかけて記された『マイエルヌの手記』を始め、同じ頃の秘法書の類には鉛を多く加えて加熱した油や、さらに天然の硬質樹脂を溶かし込んだ油を描画用や仕上げニスとしてその処方を示しているが、「銅板に描く時の下塗りにも適す」と記されたものに時々出くわす。主にボイル油や混樹脂油を板面に塗り、しばらく放置して油と銅版が反応し板面に一種の鹸化膜が定着した頃を見はからって描いたのが一般的方法だったようである。それだけに油が斑(むら)なく塗れる下加工が力説されたといえる。

森田恒之著 「画材の博物誌」 P.169, 170より

 

ド・マイエルヌの分厚い写本には銅、その他の金属に油を用いて描く絵画についての記述がある。スペインのパロミーノが1724年に書いたもの(Museo Pictorico, II, 44; Berger, IV, 83をみよ)には、“銅板は板絵に用いるのと同じように調合した油を用いて下ごしらえをする”と述べており、又彼は“金属の滑らかな面には最初ににんにくを用いてふいておかないと絵の具の乗りが悪い”と指摘している

R.J.ゲッテンス G.L.スタウト著「絵画材料辞典」 P.228より

 

両者ともマイエルヌ手記とA・パロミーノの本を引き合いに書かれています。
A・パロミーノについては引用元が明記されてるので、その気になれば原資をあたる事ができそう…という事で探してみたところ、ネットで閲覧可能なものがいくつか見つかりました。
画像がキレイで見やすいのは下記「インターネット・アーカイブ」で、PDFテキストデータなど複数のフォーマットでダウンロード可能です。

第一巻 https://archive.org/details/elmuseopictorico01palo
第二,三巻(?) https://archive.org/details/elmuseopictorico23palo

 

画材の博物誌には“『El Museo pictorico y escala optica 絵画知識』の第二巻”、絵画材料事典には“Museo Pictorico, II”とあるので恐らく上記リンクの下の方が該当するんじゃないかと思ったのですが、発行年の異なる幾つかの版が存在するみたいでよくわかりません。

また「絵画材料辞典」 には丁寧に引用元のページ数らしきものまで書かれているのですが、版が異なる為かスペイン語の読めない私には引用箇所を見つけることができませんでした。
OCR(紙の文字を自動的にパソコンで扱えるテキストデータ化する事)によってテキスト化されたものも精度が悪く手直ししてない為、文字による検索もイマイチ使えず。
残念。

 

一方しばしば見聞きする『マイエルヌ手記(マイエルン手稿)』ですが、こちらは17世紀にマイエルン氏がフランドル地方の画家の技法などについて手書きで残したメモや書簡のようなものです。
「絵画材料辞典」 の方には「分厚い写本」とあるのが気になります。日本語で写本と言うと手書きで書き写されたものを指しますから、マイエルヌ手記の写本が存在するのかなーと思いますが、例えば英語でmanuscriptと言うと原稿や印刷されたものも含まれる様ですので、手稿そのものを指しているのかも知れませんし、後に翻訳され書籍化されたものを指しているのかも知れません。よくわかりませんね。

さてこちらも下記にてどうやら原本らしきもののスキャン画像が閲覧可能です。と言っても多言語で書かれており筆記体ですから、私には解読不能です。

http://www.bl.uk/manuscripts/Viewer.aspx?ref=sloane_ms_2052_fs001r

英語に翻訳されたものが出版されていますがAmazonでは下記のように転売・古本の何だこりゃなプレミア価格をつけたものばかりで、なぜかまともな取扱いがありません。

どうやら出版元は琥珀メディウムを売ってるあの店、Alchemistな様です。
素直にそちらから買いましょう。95ユーロ。

 

ときに森田氏は月刊みづゑ No.61 (1970年) に「『マイエルヌ手記』覚書」という記事を寄稿されていますが私は読んだことありません。

 

原資への言及は実に中途半端になってしまいましたが今後機会があったらまた調べるために当ブログへ記述しておくという扱いにしておいて、最後に銅板支持体への下処理法に話を戻します。

私が直接聞いたものではありませんが、飯田達夫氏はルフラン社のフレミッシュシッカチーフメディウムかコーパルワニスを塗布すればよいと言われていたそうです。どちらの製品かは情報提供元もうろ覚えで判然としません。
いずれも揮発性油と乾燥剤が含まれますが、硬質樹脂を含むメディウムという事で森田氏が指す「ニス」の一種とも言えます。

ここでニスやらメディウムやらの単語で混乱しそうですが、両者は明確な言葉の使い分けが定義されているわけでは無く、中身の規定があるわけでもありません。目的の違いで呼び方が変わっているだけでもあって、乾性油を表面保護の為に塗布すれば「ニス」となりますが、絵具に添加すれば「メディウム」となります。ただニスというと樹脂成分が多めであるとか、乾燥の遅いバルサムやスタンドオイルは含まれないという傾向があるので、「ニス」とよぶか「メディウム」と呼ぶかでなんとなく成分の違いを想像する事ができる場合もあります。

 

そもそもニスを塗布する理屈としては銅板から出る“緑液 (green drip)”の絶縁層として機能するという事、銅板そのものよりも油絵具との固着が良いだろうという事などの利点が想像できます。

画材の博物誌に書かれた“油と銅版が反応し板面に一種の鹸化膜が定着した頃を見はからって”描くというのが、まだ表面がねばっている頃に描くという事なのか普通にニス層が乾燥してから描くという事なのかわかりませんが、以前も述べたように乾燥度合いの方に制作開始のタイミングを合わせるというのはなかなか難しい事ですし、これから描こうという表面が乾いてない場合は下描きも制限されます。またニスが乾いてないうちに絵具を乗せる場合、描くうちにズルリとニス層を溶かしてしまう可能性もあるので、私が処方する場合は「表面が乾いてから描きはじめよ」とするでしょう。

ということで、私がニスによる下処理を実践する場合や地塗りをする場合、具体的にどのようにしているかを次回以降ご紹介していきます。

 

XIV VII MMXV
[150x250mm]
Oil on Copper
(銅板に油彩)

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