目止め(サイズ)について <3> PVAとPVAc

目止めの話が続いておりますが、日本においては市販のキャンバスの多くがPVAによるものらしく、膠(にかわ)はもう既に一般的ではありません。
しかし膠は画材用品として入手可能である一方、PVAは画材として販売されておらず、自前で生のキャンバスに目止めを施す場合は膠でやるという逆転現象が起きています。

ところで「PVA」は、Poly Vinyl Alcohl/ポリビニルアルコール(ポバールとも言う)を指す言葉であるという事なのですが、海外をみますと実は「PVAc」=Poly Vinyl Acetate/ポリビニルアセテートが「PVA」と表記されて流通している事に気づきます。
ポリビニルアルコールとポリビニルアセテートは別物でありまして両者混同しないようにと米wikiにも注意書きがあるのですが、現実には上記のように海外ではポリビニルアセテートがPVAで通ってますので技法書や技法サイトを参照の際は気をつけなければなりません。

ポリビニルアルコールとポリビニルアセテートの違いについて、特に対応する日本語とそれからなる製品を関連付けるのに難儀しましたが、高森氏にもいろいろ聞いたりしてまあなんとなく程度わかった範囲で述べますと、以下の様な感じになります。

・PVA=Poly Vinyl Alcohl …ポリビニルアルコール、ポバール。水に可溶。洗濯のり、液体のり。日本メーカーはキャンバスの目止めに使用する。
・PVA,PVAc=Poly Vinyl Acetate…ポリビニルアセテート、ポリ酢酸ビニル、酢酸ビニル樹脂。耐水性は弱い。木工ボンド。海外ではしばしば自製キャンバスの目止め材として紹介される。

要するにポリビニルアルコールが洗濯のりでポリビニルアセテートが木工ボンドって事です。
そんなのがキャンバスに使われているのかと驚かれる方もいらっしゃるかも知れませんが、膠も万能接着剤として家具や製本など様々なものに使われてきましたし、精製したものはゼラチンとして食べたりもしているわけです。
余談ですが昔カメラのレンズは画用液にも使うバルサム(松脂)で接着されていました。経年でバルサムが体積変化を起こしてレンズに空気が入ったりするのを「バルサム切れ」なんて呼んだんですね。

以前紹介しましたJUST PAINTの記事に書かれたPVAも実はポリビニルアセテートを指しています。
記事では「PVAサイズ剤」を2層塗れば油の浸潤はごくわずかであるとの記載でしたが、この「PVA」は「PVAc」の事なので要するに木工ボンドを二回塗れば油の浸潤は結構止められますよという話だったわけです。

ホルベインのQ&Aには日本のキャンバスメーカーはPVAを使うとした上で、木工ボンド(PVAc)は目止めに適さないとハッキリ明記しているのですが、じゃあPVAが目止めに適するのかというとそれも正直疑問です。
PVAが経年劣化するという情報はネットで調べてると色々出てきまして、まあこの世に経年劣化しない物質など存在しないでしょうからその「程度」が重要なんですけどね。
文化財被害の例を見ると、20年くらい屋外に放置しておいたら変質してボロボロになりますよという事の様です。もちろんキャンバスの目止めに使った場合は紫外線にさらされることもありませんし単純比較はできません。
一方ホルベインが「経年劣化して崩れ土台の意味を為さない」と言っているPVAc=木工ボンドも、風雨にさらされる屋外では使えませんよというのはDIY的見地からも常識なのですが、キャンバス目止めとしての耐久性がどうかという事を調べて言っているのかどうかは謎であります。本当に劣化して使いものにならないのならアメリカ人に警告してあげないといけません。
ナショナルギャラリーと保護ワニスを共同開発しているGAMBLIN社は、PVAcをキャンバス目止め剤製品として販売しています。
http://www.gamblincolors.com/sizes.grounds/index.html

もっとも現在はアクリルエマルションの目止めが増えているかもとBambook氏にコメント頂きました通り、海外メーカーの方はアクリル系の目止めを使っている比率が高いのかなという気もします。
日本のメーカーは割と目止めについて言及しているのですが、海外メーカーはなかなか目止めに何を使っているか情報提示しておらずよく判りません。
また日本でもPVAと表記していてもアクリル系に移行している可能性も無きにしもあらず。
ホームページの情報は全く更新せず古いままという事はざらにありますから。

フナオカ

クレサンジャパン

VIC

VICキャンバスについては問い合わせたところEVA系を使ってるとの返事を頂きました。
EVAは耐水性に優れる合成樹脂の様です。そーいや発泡させたものがサンダルに加工されてますね。

さて合成樹脂の話になるともう何がなんだかわけが分からなくなってきますが、目止め剤は「水に溶ける」ものと「水に溶けない」ものの2つに分けられるだろうと。
その点のみに着目すると、両者は例えば湿度変化に対する挙動が異なるかも知れません。
一方は雨の日には柔らかくなり、一方は晴れていようが雨だろうが変わらない。なんて事があるとすれば、アクリル系目止めを使った海外製のキャンバスが、PVAを使った日本のキャンバスと比較して特に湿度変化において挙動が異なっていたとしても納得がいく話でありまして、どこ産の亜麻を使っただの地塗りが何で何層塗ってあるかだのよりむしろ目止めが何によってなされているかの方が問題にされるべきではないかとも思えるわけです。

何が何によって出来ているのか、どういう性質なのかがわからなければ上記の様な考察も全く出来ないのですが、一度解説してもらえばナルホド、じゃあこの場合はこうなるんじゃないか…という考えが開ける事も結構多いのではないかと思います。
一つに画家が不勉強である事が戒められなければならないかも知れませんが、協力者がいれば割と多くの事がすんすなりと明らかになるのではないかと、情報網の重要性
を再認識するところであります。

─2014.5.8追記

PVAやPVAcなどの素材名のみで、その特性などを特定する事は困難であろう旨をご指摘頂きました。
すなわちPVAcが全て木工ボンド様のものとは限らず、水可溶性等についても断言は出来ないという事です。
またPVAについても目止めに使われるものが洗濯のりと全く同じかというとそう短絡的に見るのは宜しくないであろうと。
結局個別の製品毎に問い合わせるなりして調べるしか無いという事です。

目止め(サイズ)について <2> 目止め検証

亜麻生地に油が接触すると後々酸化によって劣化してしまう …という事はよく言われる事で、油彩画において油の浸透を遮断する「目止め=サイジング」は物理的に重要な要素の一つではないかと思います。

実際に「油の浸透が原因で劣化してしまった」と”断定できる”キャンバスを(自分の作品含め)見たことは無いのですが、市販キャンバスの目止めは十分なのか、またどの程度の目止めを施せばよいのか、十分な検証はなされているでしょうか。

さてここで冒頭に載せた画像の説明です。
目止めのみが施されたキャンバス片を3つ並べていますが、左から、
・フナオカ製ウサギ膠引きキャンバス
・同キャンバスにウサギ膠を1回塗布したもの
・同キャンバスにウサギ膠を2回塗布したもの
の順で板に貼り付け、それぞれにリンシードオイルを一滴たらし傾けた状態で数十秒放置したものです。

角度を変えてみます。
裏側から。
目止めを重ねて塗布したものの方が染み方はゆるく吸い込まれなかった油が表面に多く残りますが、結果的に全てのサンプルにおいて油の浸透を完璧に防げてはおりません。
もちろん実制作で目止め層の上にいきなり油をぶっかける事などは無いでしょうが、膠の遮断効果たるやこんなものなのか、そしてそもそも目止めとはこの程度のもので良いのか。

次にクレサンのサンプル帳に入ってますグルーキャンバスにも同様の実験。
こちらは天然の膠ではなく「特殊配合グルー」による目止めとの事です。
一番左は同じクレサンでも日本で生産されているA-LINEシリーズのグルーキャンバス。A-LINEは「ベルギーCLAESSENS社とは異なる弊社独自の製法からなる」との事です。
一番右は冒頭にも書いたフナオカ製ウサギ膠引きキャンバス。
真ん中3つがベルギークレサンのグルーキャンバス各種で(もっとたくさん種類ありますが適当に選んでます)、見るからに目止めの厚みと塗り方がフナオカ、クレサンジャパンとは異なります。
ベルギークレサンの特徴的な凹凸はローラーによるものだと思いますが、目止めもローラーで塗っているのかなと。




分厚い目止めが施されたベルギークレサンのものも完璧ではありませんけど、クレサンジャパンとフナオカに比べると染み方がまるで違う。
なんだかこれだけ見ると日本の製品は目止めに対する意識が低いのか?という気もしますが、サンプルが少なすぎてそこまでは言い切れません。

実はこのテスト、目止め層自体の遮断性を単純に染みの広がりだけで判断できるものではありません。
何回か同じテストを繰り返すうちに気づきましたが、目止めに入ったヒビやキズ、もともと目止めが不完全な部分など、どこか一箇所にでも不備があればそこから油はどんどん染みこんで毛細管現象により広がっていくため、目の詰んだキャンバスほど染みが広がる傾向にある様です。
よって染みの大きさが目止め層自体の強弱を直接的に示すものでは無いという事を念頭においてお考え頂きたいです。

↓こーゆーこと

ともかく実制作においてはこの上に地塗り層が置かれてその上に絵具が乗るわけですが、その地塗りが「油性地」である場合、当然油が含まれるわけでして、果たして油を塗って染みてしまう様なキャンバスに油性地を塗布して大丈夫なのか大いに疑問であります。
今回の実験結果に限って結論を出すならば、フナオカのウサギ膠引きキャンバス、A-Lineグルーキャンバスには水性地、或いはそれ自体に遮断性が期待されるアクリルエマルション地推奨。油性地を施すならば自前で更に目止め層を塗るべきで、油を多く含む地塗り材をテレピンなどでシャバシャバにして塗布する事は避け、硬いペースト状のものを使用すべき。…なのではないかと。

さらに不安を煽りますと、市販の地塗り済みキャンバスも目止めが脆弱だとするならば、油性地のキャンバスは既に油が生地に浸透していて劣化が激しいかも知れません。
もしそうなら将来自動的に「アクリルエマルション地の方が保存性が良かった!」などと結論づけられる事になりかねませんね。

一方で疑問に思うのは、以前紹介しましたJUST PAINTの記事によると膠はかなり強力に浸潤を止める効果がある様に記載されていた事です。
冒頭のテストで使用したキャンバス片は私が2層目、3層目の膠を施したものでも浸潤が起きています。これらも膠の遮断性能が弱いわけではなく、単純に塗り方の問題だったりするのか。
いくつかの資料によると、厚すぎる目止めは(膠の場合)亀裂の問題などを起こす為、塗布時には余分な膠をヘラでこそぎ落とす様に言われています。このこそぎ落とす行為がキャンバス表面凹凸の凸部分から必要以上の膠を除去してしまい、遮断層の形成を妨害しているのかも知れないなと。
塗り方によって差が出るのかは、今後検証してみます。

油の遮断のみに言及するなら単純に分厚い目止め層を施せば良いのですが、特に膠の場合、前述のとおり必要十分な厚みを持たせてしまうとロール状に巻く時に割れてしまったりして製品としては成り立たないのかも知れません。
これがその通りだとするならば柔軟なPVAによる目止めが施されたもの一択という事になってしまいます。
というかもう既に事実上そうなってますけども。

この話題は続きます。

製作過程

書きかけで放置したままの製作過程記事に載せてる作品が現在地元美術展に出してるものだったので、これを機にちょいと手直しして投稿します。

まずは褐色で明暗を確認しながら進めるやり方。途中結構すっとばしてます。

色を付けたキャンバスに白チョークで下描き

暗部に褐色を置きヴァルールの確認。
現代の鉛白は透明なのであらかじめ明部には白を置いておくと後の着彩がやりやすい。
ただし厚塗りするとマチエールが後に響くので気をつける。
着彩に不透明なチタン白を使うなら不要かも

パパパーっと着彩。主力は不透明色
早めにハイライトも入れて形と雰囲気の確認をする。まずければメスで削り落とせばいい

各部グレーズで引き締めたり、細かい描き込みをして終了。

対していきなり着彩するやり方。(部分。過程を逐次撮影してませんでしたので悪しからず)

立体感を重視する描写の場合、重要になってくるのは明暗表現ですから、ざっくりとしたモノトーンから描き始めるやり方は失敗が無く進められ、ある意味効率的と言えるでしょう。下描きの線だけよりも完成図を想像しやすいですから。
特にヴァルールの感覚が未熟な方はこの様な進め方が良いかと思いますし、うまい人は褐色の層を利用した暗部の透明感の演出ができたりします。
ただし白と黒で描いたグリザイユに着彩してゆくのは技術的に困難です。

対していきなり着彩する手法は、スピードとしてはこちらの方が早く描けます。
でもかなり慣れていないと部分ごとに調子が狂ったり失敗しやすいので注意が必要。
ヴァルールも色彩も周囲に影響を受けるものですから、描いてる部分だけを見れば成立していても、周りを描き足した途端に色彩が沈み立体感が失せるという事がよく起きます。
上に挙げた後半の画像の様に本当に部分だけを仕上げていくのは決してお薦めはできません。
大雑把にでも周囲も平行して色をおいていくべきです。

エスキースで十分にヴァルールや色を確認して決めておけば、本番はいきなり着彩で良いと思います。
キャンバスの上で試行錯誤するのが絵画だと言われる向きもあるかも知れませんが、度が過ぎるとナンセンスです。
そんなのは別のキャンバスでやって本番はバシっと決めりゃいいだけの事ですから。

私はよく描き方を変えます。
部分的に仕上げながら、ヴァルールのバランスを確認するために手を付けてない部分には褐色を置くなんて事もやりますし、自分のそういうところをみても、一部の情報だけかいつまんで「この絵描きはこういう描き方している」という決め付けはしない方が良いと感じています。

2014 大牟田美術協会会員展

地元展示会のご案内です。
公募ではなく大牟田美術協会会員のみの作品を集めた展示になります。
当方は新作ではなく手持ちの割と気に入ってる作品を出品します。

額縁についてしばしば尋ねられますが、この作品も地元の内藤額縁さんにお願いして日本では売ってない米・Larson Juhlのモールディングを取り寄せて作ってもらったものです。重いです。
アクリル板は外してますので照り返しの邪魔なく鑑賞頂けます。

場所:大牟田文化会館 2階 展示室
会期:2014年3月26日(水)~30日(日) 10:00~17:00 (最終日16時まで)

2013.2.23[455x333mm]

日光漂白 さらにつづき

 

下記エントリーの続きになります。
日光漂白
日光漂白 つづき

油彩画に使用する油は経年によって黄変する事が知られていますが、暗所に置くことにより短期間でも顕著な黄変が見られます。
画廊に預けた作品なども、箱にしまわれ倉庫に保管される期間がひと月もあれば見事に黄変しているはずです。

黄変の度合いが最も強いのはリンシードオイルです。そして黄変が最も目立つのは白色でありまして、それゆえ白や明るい色の絵の具には黄変度の少ないポピーオイルやサフラワーオイルが使われる事が多いのですが、堅牢性という点で言いますとリンシードに適うものはありません。
つまり堅牢性と黄変度は天秤にかけられるわけですが、特に初心者の方においては黄色くなったキャンバスや絵具を見て短絡的に「粗悪品」などとは思わないで頂きたいと思うのであります。
当方は今のところリンシード万歳でありまして特に使用量の多い鉛白についてはリンシード練りである事を条件に選んでます。

黄変してしまった絵具でも、日光に晒せば黄色味が除去されるという事を過去のエントリーで述べて来ました。
下記は黄変してしまったキャンバスと絵の具にアルミホイルを部分的にかぶせ、一週間窓ガラス越しの日光を浴びせたサンプル。(以前投稿した画像と同じですが明るさ調整しました)
日の当たらないアルミホイルに覆われた部分は黄色いままですが、日光に晒された部分は概ね漂白されています。

そして今回、上記サンプルで黄色いまま残っている部分の下半分のみにアルミホイルを残し、南向きの明るい部屋の”直射日光が当たらない位置”に数ヶ月放置したサンプルの画像がコチラ↓

前回黄色く残っていた上半分は今回”間接光”に晒されていたわけですが、日光に晒した部分同様に漂白されています。
黄色くなった絵も、明るい部屋の壁にかけておくだけで黄変が除去できるという事ですね。

数十年単位の検証はできませんが、短期の結果を見る限り油の黄変はそんなにビビらなくていいよって感じです。
リンシードじゃないとダメという発想になる必要はありませんが、リンシードは黄変するからダメという事もありません。
特に白においてはチタニウムホワイトを混ぜるなどしてあげれば、リンシード練りであっても黄変後も見かけの白色度を上げる事ができると思います。

 

[参考]
下記ブログでも各社鉛白の顔料と油、それらの黄変具合について書かれています。
数年間暗所に置いたサンプルの黄変を見て云々述べられてますが、後の記事では日光漂白の結果が提示されてます。
画像はホワイトバランスもろくにとってありませんが、黄変具合と漂白の具合はわかると思います。

pearly whites
pearly whites II

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