目止め(サイズ)について

たびたび紹介しておりますゴールデン社の情報誌「JUST PAINT」
アクリル絵具の大手が提供するものですが油画描きにも非常に有益な情報が満載でありまして、ターナー色彩のサイトには和訳された記事が掲載されており必読であります。

JUST PAINT(和訳版)

和訳版最新号の中でも注目は目止め(サイズ)についての記事

キャンバスに油彩で描く場合、生地に油が吸われない様に、また生地が油に侵され酸化してしまわない様に目止めを施す必要があります。
古来は主に膠(にかわ)という、動物の皮や骨などから抽出されるタンパク質を目止めとして塗布していましたが、近年ではPVA(ポリビニールアルコール)なる合成樹脂が代替品として台頭しておりまして、恐らく市場に出回る既成キャンバスは特に注意書きが無い限りほぼこのPVAによる目止めが施されているとみて良いんじゃなかろうかと思います。
洗濯のりの原料としても身近なPVAですが、私個人としては文化財被害の件以降、大丈夫か?という疑いが拭えずにいるブツでもあります。
この事件関係以降に書かれた報告書など読むと「紫外線による劣化」が指摘されている様なので、光の当たらない目止めに使う場合は心配いらないのかも知れまけんども。

今回のJUST PAINTでは主に裏面への浸潤(ストライクスルー)と硬さに着目し様々な目止め材をテストした結果が判りやすくまとめられています。
気になるPVAについては製品差があるとした上で、特に上層に「遅乾性の油性製品(=油性地)」を塗る場合は最低2回はPVAの目止めを塗らないと上層からの浸潤を止められないという結果を目にすると、市販の既成キャンバスに対する不安がよぎります。
経年劣化云々については「修復家はPVAやアクリルの方がはるかに安定しており問題が起きにくいと考えている」と述べるにとどまり、ここでは突っ込んだ検証はなされておりません。

一方、自社のアクリルエマルション製品でありますGACシリーズをどうやらPVAより優秀な雰囲気で紹介されておりまして、これらを使用した処方もいろいろと提案されているのですが、残念ながらこのGACシリーズ、日本市場には流通していない様です。
まあしかしGOLDENのアクリルジェッソを生地にそのまま3層塗りすれば油で描いても浸潤は抑えられるとの事ですから伝統的な処方にこだわらない方は「最低3回重ね塗り」という点に気をつけて生キャンバスにジェッソを塗るだけで良いという事でしょう。ゴールデン社以外のジェッソについては知りませんが。

ところでPVAによる目止めがなされたキャンバスは柔らかく伸びやすい。膠のキャンバスは硬い。
…というのが定説ですが、テスト結果を見ますとアクリルの目止め剤やアクリルジェッソを使った場合でも、処方によって、あるいは積層回数によっては膠と同等の硬さを持たせる事もできる様な事を書いてありますので「キャンバスを硬くすればするほど、油絵は長期的に安定して堅牢になる」という実験結果を信じるにしてもアクリル目止め剤やアクリルジェッソで硬いキャンバスを実現する事も可能な様です。

今後市販されているキャンバスの目止めが果たしてストライクスルーに対して十分な耐性を示すものであるかどうかのテストと共に、不十分であるなら自分で重ね塗りするなどして対策を講じられないかなどの検証を行っていきたいと思います。

池袋東武 春の絵画市

今年はちょっと開催が早い東武百貨店 池袋本店の「春の絵画市」。
拙作数点を展示頂く予定でございます。新作はありません。

会期: 2014年1月30日(木)~2月4日(火) 最終日はPM5時まで。
会場: 東京都豊島区西池袋1-1-25 池袋東武 8F催事場


個別ブースを頂いてるわけでもなく作家来場日などもないのですが土日月あたりに勝手に行きます

↓こんなやつみかけたらお声がけ下さい。

炭酸カルシウムを油で練る

日曜美術館で藤田嗣治が使った地塗りの再現シーンには保存修復シンポジウムで講演されていた木島隆康さんが出ておられました。
油で練った炭酸カルシウムと油絵の具の白を足して塗り…という工程です。この場合の「油」はもちろん乾性油で「白」は鉛白じゃなかろうかと思います。
しかしフジタの乳白色はどうやって作ったのかといろいろと取り沙汰されますが、バッキバキに割れてる事を追求しないのが謎です。

それは置いといて、「炭カルってあんなに褐色になるのか~」と古吉さんからメールで頂きまして。

そーいや「(炭酸カルシウムである)チョークは油と混ざると透明になるから下描きにイイヨ!」などと宣伝してるのですが、完全な無色透明になると思ってる方がいるかも知れないので一応ブログに載せとくか…。という事で手持ちの炭酸カルシウム類をリンシードオイルで練ってみた図がこちら↓

▲左から沈降性炭酸カルシウム、下地用ムードン、仕上げ用ムードン、チョーク

炭酸カルシウムを成分とする画材は色々ありまして、ムードン、スペイン白、方解石、大理石粉、チョーク、胡粉…と、どれも炭酸カルシウムのくくりに入ってしまいます。画像にあります「沈降性炭酸カルシウム」というのは、科学的に反応させて作られたものです。
より透明で、可塑性があり形を保持します。
“体質用”と表記がある通り、塗料の増量剤として、或いは透明度や粘度調整の為に混ぜられるとの事です。「ムードン」ってのは地名でしょうか。植物プランクトンの死骸が堆積し化石化した炭酸カルシウム主成分の地層を白亜と呼び、それを取ってきて砕いて地塗り用途にしたものがムードンやスペイン白として売られています。
仕上げ用の方が粒子系が細かいのですが、色味も明るくなりました。
粘度が高く、リンシードで練った鉛白の様に糸を引きます。「チョーク」はもともと前述の白亜を意味する言葉ですが、白亜を棒状にした筆記具がそう呼ばれます。海外はどうか知りませんが日本では石膏を使った柔らかいチョークもあるので「チョーク」と言っただけでは原料が何か判りません。上記画像のチョークは”シャンパーニュ地方の天然白亜”製。カッターでガリカリ削って油と練ってます。
色味や透明度はムードンに準じます。しかし柔らかいのですが糸をひくような粘度にはなりません。粒子経の違いなのか何なのか。

続いて地塗りしてないキャンバス片に塗ってみます。並びは前の画像と同じ。油の量が適当なので厳密に透明度の比較はできませんが、沈降性炭酸カルシウムがより透明って事は判ると思います。
沈降性炭酸カルシウムは光沢を保っていますが、ムードンは油が吸われてしまったのか表面のツヤがなくっています。一番右のチョークは糸引かないので油を多く足してみたりしたのでそれなりに光沢がありますが、翌日はこれよりつや消しになりました。
粒子の細かく揃っている沈降性炭酸カルシウムは油との結合が強いというか分離が少ないって事でしょうか。

水で練った場合との比較も載せておきます。
水練りの方が不透明で色も白いです。

左:沈降性炭酸カルシウム 右:ムードン
上から粉末、水練り、リンシード練り


ともかくこのようにまとまった量ですとチョークも褐色になります。
下描き線に使う程度だと油と混ざればほぼ透明になると同時に、チョークの粉はキャンバスに定着しておらず半分かそれ以上かは油の付いた筆の方にくっついて掻き落とされるという事もあって邪魔になりません。
水だとやっぱ少し残りますし筆に付いた方も白いです。

各種油の黄変度 のつづき

こちら と こちら の続きです。
今回はちゃんとカラースケール置いて5000Kの色評価蛍光灯下で調整してみました。

全く日の当たらない屋内で、他の資料の下敷きになっていた油のサンプル(2012年11月9日塗布)を引っ張りだして見ると前回より更に黄変は進んでおります。
傾向としては前回同様、漂白加工してあろうが容赦なく黄変しており、スタンドオイルが最も変化が少ないかと。

黄変はいいとして今回はマチエールに着目します。
リンシードなどを空気に晒した状態で放置した事がある方はご存知でしょうが、乾燥するにつれシワが発生する事はよく知られているかと思います。
油絵の具にもやたら油を添加しすぎると皺が寄ってしまいますので、多すぎる油は避けられるべきと言えましょう。
このサンプルにおいてもいくつかではシワが発生しております。
画像をクリックして大きな図で確認下さい。(以降は画像の色テキトーです。あしからず)

生のポピーはキャンバスに吸収されて表面にほとんど残っておりません。
マツダのサンブリーチュドポピー(正確な製品名はこちら)は少し残っています。
最も粘性の高いサンシックンドポピーは、ポピーにありながらシワが発生しています。

マツダのボイルドポピーは比較的なめらかですが幾らかゴツゴツ感があります。
同社ボイルドリンシードはゴミが邪魔してよく判りませんがこちらもそんなにひどくはない。

クサカベのサンシックンドリンシードはかなりなめらかに見えますが、分厚い部分にほんの僅かながら兆候が見られます
マツダのサンブリーチュドリンシードには細かいシワというか凹凸が多く見られます。
スタンドオイルはキレイなもんです。

ルフランの重合リンシードもグチャグチャなっててわかりにくいですがなめらか。
同社リンシードはてきめんですね。
サフラワーも生ポピー同様吸収されて無くなってます。

オマケで塗っといたマロジエのメディウム。ゴミまみれですいません。
乾燥も遅くベトベトしててダメだこりゃと思っていたのですが、最も硬く、べとつきは全く無くなっています。

以前は散々に言っていたマロジェのメディウムですが、ポピーとサフラワーを除くサンプルが今でも弾力を帯び若干の粘着性(指が吸い付く感じ程度)を持つのに対し最も硬く乾いた感じになっております。

今までの経過を見てまとめますと、

・生のリンシードは黄変が強く皺も多い。
・スタンドオイルは黄変も皺も発生しにくい。
・ポピーでも皺ができる。(非加工ポピーは不明)

という事になります。
スタンドオイルはより長い時間をかけて酸化重合してゆく油ですので、もっと時間が経ってから後に皺ができてくるのかも知れませんから、現時点であまり優秀だと結論付けない方が良いと思います。

また当たり前ですが実制作においてこんな分厚い油の層が出来てしまう事などありえませんから、特に素人の方は「へー、リンシードオイル使った絵には皺ができるんだ」など短絡的なお考えをなさいませんよう。

ところで樹脂の添加によって皺の抑制ってできるんでしょうかね。
いずれテストしてみたいと思います。

 

フェルメールの地塗り

新年一発目は古吉さんのブログで挙げられてました、フェルメールの地塗りについてです。
「美の巨人たち」で修復家がフェルメールの技法を再現するシーンで使っていたキャンバスの地塗りの色は、当方の環境では若干赤みを帯びた、比較的明るめな感じの有色地に見受けられます。
当方の最近の処方であるローアンバー+白にかなり近い気がしました。

▼フェルメール「絵画芸術」に描かれたキャンバス(板かも知れませんが)
 

▼以下画像は使い回しですが、修復家が使ってたキャンバス。下描きも「絵画芸術」に倣って白チョーク?
▼当方が最近使っている地塗り=ローアンバー(ニュートン)+鉛白地塗り材(Williamsburg)

まあ、モニター上の色を比較してもどーにもならんのですが。

さて本題であります、フェルメールが実際にどのような地塗りを使用していたか、その科学的研究資料があるのかという事ですけども、比較的すんなり見つかりました。
どメジャーサイトでありますナショナルギャラリーに。

上記サイトでは地塗りのみならず、メディウムやら何やら多岐にわたってかなり詳細な資料が得られます。
ちょっとずつ翻訳して紹介して行ければそれだけで当分ネタには困らないでしょうけど、たぶん気力が続かないでしょうからヘタな事は言わずに今回はとにかく地塗りについて。

こちらを見ますと、一番上にあるキャンバス裏側の画像が目につきますが、たぶんこりゃオリジナルじゃなくて後世裏打ちされたものじゃないかと思うんですけど英語わかる方どうぞよろしく。

記事を読み進めますと地塗りに使われた顔料についての記載があります。
ヴァージナルの前に立つ女」と「ヴァージナルの前に座る女」は非常に似た地塗りが施されており、チョークを混ぜた鉛白、土性顔料、骨炭、チャコールブラック(木炭?)から成り、結合剤はリンシードオイルとの事。
そして両者とも二層からなり、下層は淡い灰褐色、上層は明るくピンクがかった茶色で下層よりも土性顔料が多く黒が少ないとの事。

下の画像は「ヴァージナルの前に立つ女」の断層顕微鏡写真ですが、どこまでが地塗りなのかよく判りませんね。
一番上は着彩の層だとして、地塗りと思われるベージュっぽい色の部分も、気のせいかたまたまそう見えるのか、注意深く見ると赤の点線を入れた様に3,4層に見えます。
まあ「二層」といっても生乾きの上に同じ塗料でもう一度塗ったものも「一層」扱いしてるんでしょうか。どっちでもいいですけど。

対して「ギターを弾く女」と「音楽の稽古」は淡い灰褐色による一層の地塗りで、外見的には前述2作品の一層目と似ているとの事。

上の画像は「音楽の稽古」の部分、淡いグレーの壁が描かれた部分だそうで、微妙ですが上の着彩層と地塗り層らしき境目が見て取れます。
しかし一方、倍率が異なる同じ部分(上の画像の左寄り部分)の電子顕微鏡画像が下になりますが、少なくとも4層は確認できます。
カラーだと一つの層に見えた着彩層が二層からなり、おそらく地塗りじゃないかと思われた部分も厚い層と薄い層から成っていますよね。
ちなみに黒い大きな塊はチョーク。


二層塗りのものは色調を変える目的でフェルメール本人か、フェルメールの注文で業者によって施されたものじゃないかとの事ですが、どちらにしろ比率の違いのみで含まれる成分は同じっぽい事から同じ人の手によるものとみた方が自然かなと思います。
断層写真ではさほど違わない二層間の色調差が実際はどの程度違うのでしょうか。
自分の経験から言いますと有色地を作る場合なんかその都度適当に色混ぜて塗りますから、布目を潰す目的で二層塗ったとしても、上下層間で色が違うなんて事は普通に起こりえますから、この点だけ見て一概に色調を変える目的で多層塗りにしたと断定する事はできません。

ド・マイエルン手記を引き合いに出し、チョークと鉛白からなる地塗りの処方を’céruse commune'(一般的な鉛白?)として説明しているらしい文章も見受けられますが、セリューズと言ったら純粋な鉛白による高級な地塗りを指すものではなかったのか、チョーク(白亜)の混入は単なる増量剤ではなく、よほどの利点があるのか… なんせ金と等価であったなどとも言われるウルトラマリンを惜しげも無く使う作家ですから、単純に地塗りをケチってチョーク入り鉛白を使用したとも考えにくいので…など、ちょっと調べてみたいと思う所です。
というかセリューズについては出典が書かれてますんで英語読めれば楽勝なんでしょうね。

ナショナルギャラリーでは前述の4作品の地塗りについてのみ言及され、肝心の「牛乳を注ぐ女」の地塗りがどうなのかは判りませんが、他の作品の資料も探せばどこかで見つかるかも知れません。
それはまたその時に。

他にも色々興味深い事が書かれている様ですが、私個人の翻訳能力もままなりませんし今回はこの辺で。

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