日本における「西洋画」の保存修復

去年「西洋絵画の画材と技法」の管理人さんに紹介を受けて参加して参りましたシンポジウム「日本における「西洋画」の保存修復」
その内容が書籍化されしばらく経ちますが、紹介していなかった気がするので書きます。

シンポジウムの内容は保存修復の重要性であるとか、修復の実例・実態など、美術館に収蔵される様なごく一部の文化財級作品についてどう対処していくかに主眼が置かれておりました。
現在の我々絵描きに対してなにか具体的な処方であるとかアドバイスを提示するものではなく、これはどうしても”いま目の前にあるこれをどうするか”という話になりますから、やはり絵描きが一人加わって、これから描かれるもの、まだ生まれていない絵画に対するアプローチについても是非議論して頂く機会があればと思います。

しかしながら修復家の方々の知識から学ぶ所は大きく、我々は必要な部分を汲み取っていく必要があると思っており、そのつもりで話を聞けば再確認や参考になるようなお話はもちろんたくさんありました。

個人的には以前も紹介しましたように歌田さんの話は著書を拝読しており趣旨や内容はわかりやすかったです。
大変堅牢であると述べられてる高橋由一などいわゆる脂派の修復に際して使われた溶剤テストの表がこの本には抜けているのが残念なのですが、会場で見た限りキシレン、トルエンなどの溶剤にも描画層は耐性を示した様です。
一年そこら乾燥させたくらいの油絵の具はテレピンでゴシゴシ擦ると若干色落ちするので、やはり数十年のあいだ酸化重合し続けるという乾性油はその過程を経てより堅牢になるという事でしょうか。
一方外光派の作品には水で落ちてしまう様な絵があるというのは、著書にも書かれていたお話。

山領まりさんのお話では、ある時期を堺に裏打ちワックスが描画面に浸透しなくなったというお話があって、要するにキャンバスの目止めが膠からPVAに、地塗りがアクリルに変わったという事で、新素材の登場によりそれまでの手法が通用しなくなるという事は今後も起きるだろう事を予感させました。
描く側の人間は何も考えずに使ってる場合がほとんどでしょうし、メーカーが成分や組成を秘密にしている場合もあってこれはどうしようもありませんが、後者については素材や保存に対する無関心を助長させる要因である事をわかっているのかどうか、メーカーの方々にはご一考いただきたいものです。

他にも相澤邦彦さんの話は主に現代美術の保存修復についてのお話でしたが、アクリルの厚塗り作品で、乾いた表面を突き破って中からドロドロの絵の具が吹き出した例のお話が印象的です。
アクリルの場合は乾燥が早く、たちまちのうちに乾いた表面が蓋をしてしまい、中の絵具の乾燥を阻害し、未乾燥の絵具が熱などで体積変化を起こした結果こうなりましたという話ですが、乾燥の遅い絵の具の上に乾燥の早い層を乗せるなどすると、油絵具でも同じ理屈でヒビが入るなどが起きると考えられます。

発行元の紹介ページにも名前が挙がってないのですが、森田恒之さんがパネルディスカッションに参加されていました。
チラリと話された事なんですが、顔料同士が接触して電流が流れる事が変質を招いている可能性がある…という様な事を言われてまして、それはつまりガルバニック腐食が顔料単位で起きているという事なのかと感心しました。

会場では期待していた質疑応答の時間が無くアンケートによる質問受付のみで、これは書籍化の折に紙面上にて回答されるとのアナウンスでしたが実現されなかった様で残念。

当方の問いは、キャンバス目止めにも使われるPVAの耐久性について問題はないのかというものでしたが、この問いについて明確に答えられた記事なり何なりは未だ見聞きしたことがありません。

文化財の保存と修復15: 日本における「西洋画」の保存修復
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「牛乳を注ぐ女」のテーブル さらに続編

以前からフェルメールの「牛乳を注ぐ女」のテーブルについて言及しておりましたが、先日の「美の巨人たち」でようやくこの件について触れてくれてまともな見解がマスメディアによって流布された事になるかと思います。めでたしめでたし。(ちなみに私は無関係)

・これまでの記事

細かい点を言うと番組中では「六角形テーブルが見つかった」と、当方の以前の記事で紹介したアムステルダム美術館のキュレーターの説=折りたたみテーブル…とは食い違う点などあったりしましたが、私の翻訳が間違ってただけかも知れませんのでその辺はご愛嬌。

いやしかし上記番組中ではこれまでに無いカメラの寄りっぷりで、細部の良い観察ができましたね。地上波の中途半端なハイビジョンでもこれだけ感心できますから、ますます4K時代の到来が待ち遠しいです。地上波じゃ当分無理でしょうけど。

テーブルについて番組中では簡単な説明しかありませんでしたが、より詳しく書いてくれている方がいらっしゃいまして。
全部読みきれていませんが、私がやりたいと思いつつも勉強不足から出来なかった、パースペクティブによる検証をしてくれている様です。
英語が読める方必読。(できれば私に解説して下さい。)

Vermeer The Milkmaid info page : Keith Cardnell

さてもう一つ番組中で良い情報が得られました。
修復家によるポワンティエ再現のシーンで使われていた筆にピンと来た方が何人いたか知りませんが…
私などは早速検索しまくりましてドイツのメーカーである事がわかったのですが、いやぁいい筆が揃ってるんですこれが。

・Deffner&Johann

番組中で使ってたのはコレ↓でしょうか。
もうちょっと先端が丸い気がしましたが、使い込んだモノだった為かも知れません。

以前苦労して手に入れたマネ社製の古典筆に似たものも

これも欲しい者にとっては感激モノかも知れない毛足の超短い丸筆。
豚毛が欲しいところだけど残念ながら(?)ナイロン製。
日本では長いのを切って使うしか無いんですが、切った毛じゃダメなんですよねえ。
いずれ購入に向けて動きたいとは思いますが、コリンスキー筆は近年輸出入制限がかかっているらしいので無理かもしれませんねえ。

 

 

アクリル板の恐怖

日本の額縁には作品保護の為という名目でガラスが嵌められますが、近年ではガラスに代わってアクリル板が使われる事が多いと思います。
個人的には額縁にアクリル板も裏板もいらんわいと主張していますが、タバコを吸う環境にあるだとか飲食店で油が飛散する環境にあるだとか、お子さんが触る危険性があるだとかで必要な場合もあるかと思います。

しかしこのアクリル板、多くの普及品はもともと柔らかくフニャフニャ動く上に、温度変化による寸法安定性が非常に悪く、季節によってたわんでしまう事はご存じの方も多いかと。
大きい作品ほどたわみやすく、キャンバスとアクリル板の間に十分な空間をもたないと、たわんだアクリル板が作品に触れてしまったりします。実はこれが重大な問題でして、描画面とアクリル板は容易に癒着してしまい、一度くっつくとキレイに剥がす事は困難で、無理やり剥がすと冒頭の画像の様な事になってしまいます。
こうなるともう絵描きの手にはおえません。

油彩画というのは徐々に微妙に色味が変わるもので、数年たった絵の色に合わせて新たに油絵の具で補彩したとすると、今度は補彩した部分が数年経つと色味が変わってきます。写真の様な暗い部分はまだごまかしが効くかも知れませんが、段差をどう埋めるのかとか、油絵の具だけでは解決できず、「ごまかし」以上の仕事を望むなら修復家にお願いするしかありません。

よくよく観察すればくっついてしまっている部分は見分けが付くのですが、パッと見は判りにくいものです。
そのまま放っておくと気温が下がってアクリル板が縮んだ時、自動的に描画層を剥がす事になるので早急な対応が必要です。
特にこれからの冬場、ファンヒーターなど暖房機器の温風が直接当たる様な所へ置くのはキケンです。
十分にお気をつけ下さい。

さて冒頭の画像をよく観察してみますと、目止めを残して地塗り層から全部キレイにもって行かれています。
地塗りと描画層の食付きが悪いとか、途中の層が貧弱だったりした場合はそこで剥がれるでしょうから、この作品では最下層から最上層まで、しっかりと食い付き良く描かれていたんだなと思います。

この様に無理矢理描画層を剥がして、描法やメディウムの物理的耐久性を調べるという事をやってみたいと以前から考えてはいるのですが、なかなか面倒でやりだせていません。
いずれそういうデータを多く集積する為に、研究所的な要素をもつ教室ができればなあと常々思います。

地塗り材 Williamsburg LEAD OIL GROUND

近頃はウサギ膠による目止めのみが施されたフナオカ製のキャンバスへ、上記Williamsburg製の地塗り材をゴムベラで塗って使用しております。
これがなかなかよい感じ。

▼1層塗り


▼2層塗り

この地塗り材はリンシード練りの鉛白に大理石粉を混ぜた結構固いペースト状のもので、刷毛などでは塗れず、ヘラでぐいぐい押し広げながらこそぎ落として仕上げます。

結構吸収する地になるのでいくらかリンシードを足し、結果的に少し柔らかくして塗っているわけですが、この時期でも一日で指触乾燥してくれます。
有色地にするためと乾燥を早める為にローアンバーを混ぜているので、それがこの抜群の乾燥速度にいくらか貢献しているかも知れません。

アトリエラポルトの佐藤先生に固い地塗り材と柔らかい地塗り材ではドチラが良いのか尋ねてみたところ、メーカーの地塗り済みキャンバスは効率よく大量に作業する事を優先してドロドロの柔らかい地塗りを使っているだけで、結局それでフラットな仕上げにしようとすると何層も塗らなければならず3層塗り4層塗りという謳い文句の製品になる。固い地塗り材を使えば作業は大変だけど一発でフラットに仕上げられるはず。との事。

薄く均一な層に仕上げるには左官の様な技術が必要ですが、ヘラでこそぎ落としながら塗るのは簡単です。
その場合、層が薄く地が露出するのでやはり2層は塗ってあげますと前述の画像の様に良い仕上がりになります。

画家と鑑賞のための照明についての考察 <4>

今回はLEDについて。
※コイズミ照明より

LED照明は発展途上にありまだ満足できる製品はごく限られるという事はお話しました。
一般的に普及しているLED照明には、青色LED+黄色蛍光体を組み合わせた擬似白色LED(上図右端)が使われてまして、発光効率がよいものの演色性はよろしくありません。

対して「青色LED+赤緑蛍光体」「紫色(或いは近紫外線)LED+RGB蛍光体」の高演色白色LEDも実用化されて照明として製品化されてきていますが、発光効率という面では擬似白色に劣り、「省電力で明るい」をウリにした一般普及品と同じ土俵には立つ事はありません。

発光効率(wiki)

発光効率をみると擬似白色LEDならば白熱灯やハロゲンランプよりも省エネという事になりますが、ちょっと前までは蛍光灯にも及んでおらず「省エネなど嘘っぱち」という声もチラホラありました。
今年に入ってからは1Wあたり200lmという、とにかく明るいLEDが開発されたニュースもあり、発光効率についてもすごい勢いで進歩している様ですがおそらく演色性については満足できるものでは無いと思われます。
結局現状では、別に無理して蛍光灯をLEDに変える必要は無いと判断。
一度取り付けたら10年持つ事をメリットとして語られていますが、それってヘタなの買ったら10年我慢せにゃならんという事でして。

じゃあハロゲンランプをLEDのスポットライトに取り替えるメリットはあるのかと言いますと、発熱量がハロゲンより少ないとか紫外線・赤外線が出ないとかいくつかの利点は思いつきますが、こちらもまだ無理に取り替える時期ではないと思っとります。あくまで私基準。

しかし時期尚早であるといいつつも、現時点で良さそうな(当方基準)LEDスポット照明を下記にご紹介。参考にして頂ければ。
使用経験がありませんので、あくまでスペックから判断しただけですが、演色性が高く、色温度は5000K付近のものを選びました。
色温度3000Kとかでよければ、結構選択の幅は広がります。
実際一般的なハロゲンランプからの移行で同じ色温度のLEDスポットライトを導入するギャラリーや美術館が多い様で。


・三菱化学 「KAITEKIライティングR」


KAITEKIライティングってのはシリーズ名ぽくて、色温度5000K Ra98のスポットライトがあります。
ビーム角15°なので狭角ですね。あまり広い範囲は照らせません。
12個のLED素子を配置してあり※マルチルチシャドーが起きないか心配です。

※マルチシャドー:幾重もの影ができる現象


・DNライティング 「アルディラ」 D-VX5
※Flashによるカタログページです

三菱化学と同様のスペック。製品画像も見る限り全く同じなのでOEMでしょう。
カタログ掲載価格35,000円也。

CSS 自然光LED
高演色LED製品として美術館用を謳うスポットライトとライン照明(蛍光灯の代替)、ハロゲンランプからの置き換えが可能なe11口金の自然光LEDランプがラインナップ。

美術館用スポットライトはトランス内蔵形の様な形状で、単独で調光可能。Ra98。色温度はカスタムオーダーで2700~4700Kまで対応との事です。本体で調光できる様です。ビーム角は19°、27°、42°の三種。
ワンコアでマルチシャドーの心配なしとの事で期待できます。

LEDランプの方も色温度5000K、Ra98と良い感じ。ビーム角は10°と22°
ただ消費電力4Wですから50Wハロゲンランプの代替になるか不安ですし、素子が3つ配置されているためマルチシャドーが心配されます。

Panasonic LGB54395 LB1 LGB54397 LB1 (2015.7.21発売)
5000K Ra95 1コアでマルチシャドーの心配もなく、消費電力13.7 W、白熱球100W相当という事で光源はわりと明るめ。しかしながら拡散タイプなので照度分布図を見ると1灯では力不足な気もします。
カタログ掲載価格 27,800円
LEDの宿命であるバラツキについてはカタログに下記の一文。
“注)LEDにはバラツキがあるため、同一品番商品でも商品ごとに発光色、明るさが異なる場合があります。”

“使えそう”なLEDスポット照明はLED発光部と照明機器本体が一体型のものばかりで2~3万円台と幾分高価です。
現行のハロゲンランプの球と交換するだけでよい高演色・高色温度・高照度なLEDランプが出てくると良いですね。

 

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